レールの上に乗っかっている方がよっぽど楽だ

ブロガー界隈、フリーランス界隈、社畜界隈

様々な界隈でこの「レールの上〜」みたいな表現を聞いたことがあるだろう。

 

レールってものが何を指しているかは人それぞれだと思う。

 

・親が敷いたレール
・正社員になるというレール
・この世の中のレール

 

一方では「レールの上に乗っかった人生はクソだ」、もう一方では「レールの上に乗っかった人生も悪くない」

きっと色々な意見があるだろう。

 

僕は昔からこの「レールの上に乗っかった人生」というものが大嫌いだった。

音楽に熱中していた学生時代、日々電車に乗って会社へと向かう死んだ目をしているサラリーマンたちを見ていて「クソだな、こんな大人にはなりたくない。」そう思っていた。

社会はクソで、社会人もクソで、この世の中はクソ。

音楽で世界を変えてやる。

そう思っていた。

 

そんな僕も学生という素晴らしい身分が終わろうとした時、現実を見たような気がした。

「音楽で飯を食っていく。」

そう信じてやまなかった僕には卒業する頃、何もなかった。

 

音楽でお金を稼げるような算段も、将来の道に繋がるような人間関係も。

大学時代、遊ぶことに夢中になって大学での人間関係を放棄して蔑ろにした僕には何も残っていなかった。

 

気がつけばニートになっていて、毎日昼頃に起きて、親が用意したお昼ご飯を食べて、昼のくだらないワイドショーを見て、夜になって親が帰ってきて、親が用意した夜ご飯を食べて、寝る。

そんな毎日の繰り返しだった。

 

生きているなんて実感は当然わからず、学生時代にバイトしてた残りのお金で遊びにいっても「自分は何してるんだろう。」と心から楽しめるわけもなく。

 

ニートをしつつ、とりあえず仕事を探していたが「こんな仕事はしたくない」、「派遣なんて自分のするような仕事じゃない」そんなプライドが邪魔をして仕事なんて一向に見つからない。

今まで音楽しかやってこなかったから、音楽がなくなると何をしていいかわからなかった。

自分の好きなことも、やりたいことも、何もわからなかった。

 

ニートになって1ヶ月が経とうとしたころ、死んでるのか生きてるのか自分がわからなくなって「とにかく仕事がしたい。」とアルバイトの面接へと向かった。

「自分は正社員であるべきだ。」、「こんな仕事はしたくない。」というプライドは捨てた。

 

面接の結果、自分の希望通りにはならなかったが採用となった。

このアルバイト先では人間関係がうまくいかず3ヶ月でやめた。

 

次にバイトで入ったところでは、とんとんと話が進み1年くらい勤めて契約社員になった。

もともと頭の回転が早く要領は良いタイプだったので、社内でそれなりに自分が自由にできるくらいのポジションにはなることができた。

 

次に、仕事の給料面とやりがいに不満を感じるようになったから副業としてブログを始めた。

そう今書いている、このブログだ。

 

1年ちょっとやって少しずつブログで稼げるようになってはきたが、ここで僕はおかしくなり始めた。(もともとおかしくなってはいたが)

 

もともと、音楽がやりたくて才能もあるセンスもあると言われていた僕は今一体なにをしているんだろう。と

学生時代に見下していた人はメジャーデビューして大きなフェスに出たりと活躍していたり、仲良い友達もメジャーデビューして精力的に活動していたり。

自分は一体なんなんだろう。そう思い始めたのだ。

 

自分にはやりがいを感じるものが何一つとしてなかった。

 

音楽をやるにも、人間関係は不可欠だ。

バンドを組もうと思っても、誰と組みたいかとかもうわからない。知らない人と組みたくない。センスも技術もない人と組みたくない。そもそもそんな知り合いも繋がりもないけど。

トップレベルに才能もセンスもある人なら人間関係がある程度毀損していても問題はないと思う、それは圧倒的が故にだ。

僕レベルのそこそこ才能があってそこそこセンスがあってくらいの人じゃあ人間関係に恵まれなければ無理だ。

だから、僕は「音楽をやる」という選択肢がないように思えている。もっというなら、音楽がやりたいけど「どうしてもやってやるぞ!」なんてほどの熱量はないのだ。なんでだろう。

 

さて、話がかなり逸れた気もするが今回の題は「レールの上に乗っかっている方がよっぽど楽だ」ということ。

今の世の中、終身雇用なんてものはなくなり1つの会社がずっと自分の面倒を見てくれるなんてこともなくなった。

会社に尽くそうと思っても、会社はいつだってすぐに自分を見捨てることができる。

もちろん僕も会社に尽くそうだなんて1ミクロンとも思っていないし、働いているのはお金のためだ。

 

だがしかし、お金のために働くといってもそれには限界がある。

お金のためにしか働いていないと生きる意味を問うようになってしまうのだ。

 

・自分はなんでこんな仕事をしているんだろう
・自分のやりたい仕事とは一体なんだろう

 

こんな問いが頭の中でぐるぐるし出すのだ。

前にいった通り、僕には音楽しかなかった。他のことなんて考えてもこなかった。故にやりたいことも好きなことも思い浮かばない。

強いて言うなら、アニメや漫画やYouTubeを見ている時間は楽しいし充実している、その傍羨ましくもなる。

 

自分もこんな仲間たちと共に歩いて生きたい。

 

そう思うのだ。

自分はいつでも孤独だった。

自分から望んだ孤独、望まずともなってしまった孤独、どちらもある。

 

画面越しに見る彼らは輝いていて希望に溢れていて、眩しい。

僕もこんな仲間に囲まれて仕事をしたい。そう強く思う。

 

けれど、これは自分の勇気がないせいかわがままのせいかもわからないが、一緒に仕事をしたいと思える人はいない。知らないだけだろう、まだ出会っていないだけであって欲しい。

TwitterやSNSで自分の想いを出して、共感してくれる人や共に歩んでくれるパートナーが見つかるかもしれないと思ったが何も見つかりもせず。

ただ騙したいやフォロワーを増やしたいがだけのハエが寄ってくるだけだった。

 

とにかく行動しろ

とにかくやりたいことをしろ

やりたいことがないのなら見つけろ

 

今の世の中は僕にとってひどく生きづらいように思える。

それは僕は何も持たぬ者だからだろうか。

 

ただ、

この仕事をやってよかった

生きててよかった

そんなやりがいや生きがいが欲しいだけなのに、それを見つけ出すことができないものはゴミ以下のように扱われてしまう今の世の中は生きづらい。

 

そう考えると、昔のことはよく知らないので想像だけで言うが会社の言う通り何も考えないで仕事に打ち込んで定年まで過ごしていたであろう過去の生き方はとても良かったのではないかと思えてしまう。

それが今回の題の「レールの上に乗っかっている方がよっぽど楽だ」という意味である。

 

今は様々なレールがある。

そのレールを自分で見つけ出さないとならない。

レールを見つけ出すことができなければ走り出すこともできないのだ。

 

この記事を通して伝えたいことは何もない。

ただの僕の愚痴と悩みをただひたすら打ち込んだだけ。

少し願ってもいいのなら、少しでも世界が僕に優しくなってくれたらいいな。と

 

それだけだ。